トピックスイオンエンジン:限界を越えて頑張る
いよいよ小惑星トリフネのフライバイに挑戦

小惑星トリフネのフライバイまでいよいよ4ヶ月を切り、様々な準備が進められています。その一つがイオンエンジンによる軌道制御です。今年の4月の中旬ごろから、約1ヶ月程度の軌道制御が実施される予定です。そのイオンエンジンについて、現在の状況をご報告します。
「はやぶさ2」のイオンエンジンでは、キセノン(Xe)をイオン化し(プラズマにする)、そこに電圧をかけることでイオンが高速で吹き出します。そうすると、探査機の軌道を変えることができるのです。イオンはプラスの電気を持っているので、マイナスの電気である電子も吹き出す必要がありますが、その電子を吹き出す装置が中和器と呼ばれます。
「はやぶさ2」のイオンエンジンは、「はやぶさ」で使われたものを改良しました。「はやぶさ」で使われたイオンエンジンよりも推力が1.25倍で、耐久性も増しました。イオンエンジンの実績を示すときに総力積という数値を使いますが、これは、運転時間×推力で計算されるものです。「はやぶさ2」では総力積1.1MN・s(メガニュートン秒)を達成しました。「はやぶさ」ではこの数値が0.95MN・sでしたので、「はやぶさ2」では15%ほど上回っています。
このように頑張ってきた「はやぶさ2」のイオンエンジンですが、劣化が見られるようになりました。図1にイオンエンジンの写真を示します。A~Dの4つのスラスタ(イオンが噴き出すところ)がありますが、打ち上げから地球帰還まで長時間運転を行なってきたスラスタA、C、Dについては、すでに顕著な劣化が見られています (https://www.hayabusa2.jaxa.jp/news/status/ 2022年11月14日の報告)。 そのため、拡張ミッションでは温存していたスラスタBを使用していましたが、Bに関しても劣化の兆候が見え始めてきました。

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図1「はやぶさ2」のイオンエンジンA、B、C、Dと表面センサー(©JAXA)

イオンエンジンの劣化とはどのようなものでしょうか。図1にカバーと示されている部分がありますが、ここがイオンエンジンの動作によって削られていくことになります。すると、イオンエンジンでは必要不可欠な導電性が失われることになり、中和器にかかる電圧が上昇することになります。図2に、イオンエンジンの使用時間に対して中和器の電圧がどのように変化してきたかを示します。図2のA、C、Dの電圧は途中から急上昇して、最終的には電源の電圧上限を超えてしまいました。このようになると、 中和器やイオン源(スラスタ)が健全であっても、中和不良による作動不良が起こります。そのため、A、C、Dのイオンエンジンは、現在は正常には動作しない状況になっています。
イオンエンジンBについては、2022年以降、運転時間が7500時間を超え、中和器電圧が30Vを超え始めました。このまま電圧が上昇してしまうとまずいので、キセノンの流れる量などの運転条件を調整し、少しでも電圧が上昇しないような対策をしています。イオンエンジンBがどこまで頑張ってくれるか、慎重に見守りながら運転しているのです。

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図2 イオンエンジンA~Dの中和器電圧と運転時間(©JAXA)

中和器電圧が上昇し作動不能におちいった場合は、どうするのでしょうか。2022年12月に報告していますが(https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20221223_IES/)、図3に示すNeut-offモードと呼ばれるものに移行します。このモードでは、中和器本体が故障するリスクが高まるのですが、中和器電圧の上限や電流の制御方式に制約されずにイオンエンジンの動作を継続できるメリットがあります。

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図3 イオンエンジンの運転モード(©JAXA)

「はやぶさ2」の運用の中で起こっているこのようなイオンエンジンの事象は、1998-2003年に行われた「はやぶさ」の耐久試験や「はやぶさ2」の開発試験では、地上での実験という制約のため明らかにすることができませんでした。「はやぶさ2」の運用で、宇宙空間では想定以上の表面損耗が起きていることが明らかになりました。 これから行われるDESTINY+などのイオンエンジンを搭載したミッションでは、エンジンのカバーを含めた対策を行うなど設計の変更が進められています。

表1 これから必要となる軌道制御量とイオンエンジンの運転時間

最後に、今後のミッション遂行に必要な軌道制御量(ΔV)およびイオンエンジンの運転時間を表1に示します。小惑星トリフネまでは残り25m/s程度のΔVですが、スイングバイのために地球に戻ってくるのに200m/s、そしてその後の小惑星1998 KY26ランデブーまでは、さらに400m/sのΔVが必要となります。イオンエンジン4台すべてに劣化が見えていますので、 どこまで限界を超えていけるのか、非常に厳しい状況ですが、打ち上げてから12年目のはやぶさ2を引き続き温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
なお、小惑星トリフネのフライバイまでの25m/s程度は化学推進剤による軌道制御でも達成できる制御量のため、イオンエンジンの状況に依らず、トリフネまではほぼ確実に到達できる見込みです。いよいよ目前に迫った、7月のフライバイミッションを楽しみにお待ちください!


はやぶさ2拡張ミッションチーム
2026.3.18